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平成24年1月1日更新
新しい年を迎えて
新しい年がやってきた。今年は力を合わせ輝く年になるよう頑張りましょう。
平成23年3月11日午後2時46分、宮城県沖を震源とする我が国気象観測史上最大の『東日本大震災』が発生した。マグニチュード9.0。宮城県栗原市では、気象庁の震度階級の最も高い数値である震度7を観測した。「立っていることが困難」な震度6弱以上を観測した地域は、東北、関東の8県にわたった。その後、10メートル前後の大津波が、北海道から千葉県の太平洋沿岸を襲った。この大津波は、東北の美しい景観の海岸線に近い多くの町を飲み込み、家、車、家財道具、飛行機までも海に流れていく恐ろしい光景が映し出された。掛け替えのない多くの命をも飲み込んだ。大きな船が道路やビルの屋上に打ち上げられている信じられない映像も流れた。福島第1原子力発電所は、見るも無惨な建屋をさらけ出しており、終息の目途が立っていない。
『東日本大震災』の1ヶ月半ほど前には、鹿児島県と宮崎県にまたがる霧島山系・新燃岳が52年ぶりに爆発的に噴火した。その後も断続的に大きな噴火を繰り返した。
夏にかけ台風による被害も続発した。和歌山県では多くの河川が氾濫危険水域まで達した。首都圏直撃により交通機関にも多くの影響を与えた。
これらの自然災害時の航空管制の現場は大混乱だったのではないかと思う。滑走路閉鎖による目的空港変更。とりわけ『東日本大震災』時は、首都圏の成田、羽田空港をはじめとして多くの空港が一時閉鎖となった。受け入れ可能空港、パイロットの意向確認後のダイバート調整。悪天候等回避飛行要求への対応。交通機関の影響による要員確保。
一方、デスクワーク部門も大変な昼夜をいとわぬ作業・調整が続いたのでないかと思う。原発事故、新燃岳噴火による飛行禁止空域設定とその後の原発消火活動等のための一時的な飛行禁止空域の開放。壊滅的な被害を受けた仙台空港の運用方式変更等々。
「安全で確実、便利で快適な航空輸送サービスを提供するという『社会的使命』を果たすべく努力が必要」な航空管制官が懸命な努力をしている中にあって、不祥事事案が昨夏連続して発生した。不適切な管制現場への見学受け入れ。インターネットへの不適切な画像掲載。「いねむり」による管制許可遅延。
一連の不祥事事案により、国民からの航空管制に対する信頼が損なわれてしまった。
『東日本大震災』により仙台空港は空港全域がほぼ冠水し、管制施設も大きな被害を受け、空港機能を失った。被災当初、空港復旧までには少なくとも半年はかかるであろうとみられていたが、米軍、自衛隊、国土交通省、空ビル、航空会社等の懸命の努力と頑張りでわずか一月あまりの4月13日に「東北の空の玄関」は復活を果たした。その後、7月25日には国内線定期便が、9月25日に国際線定期便が運航を開始した。
残念ながら現在、国際線定期便は『東日本大震災』前の約30%の運航便数に止まり、乗客数も大幅減になっていると聞く。
一日も早い運航便数及び搭乗者数の回復が望まれる。
ヒューマンファクターの一つと言われる『マーフィーの法則』に、「樽一杯の泥水にワインを一滴加えると、樽一杯の泥水が出来る。樽一杯のワインに泥水を一滴加えると、樽一杯の泥水が出来る」というのがある。
損なわれた信頼を回復するため、同種事案再発防止を徹底すると同時に『社会的使命』を果たす努力を引き続き行うことを期待する。







