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平成24年3月1日更新

『あれから一年』、表と裏

 平成23年3月11日14時46分頃、三陸沖でマグニチュード9.0の「大地震」が発生した『あれから』、後10日余りで一年が経つ。「大地震」後の「大津波」は、福島県全域で14メートル〜15メートルといった規模であったという。一部の地域では、20メートルを超える規模であったとの報道もある。「大地震」と「大津波」による前代未聞の大惨事は、わが国に甚大な被害をもたらした。

 テレビ画面は、ビルの屋上に乗り上げた大きな船、大きな波に呑み込まれ流されていく多くの家、車、小型飛行機等々を繰り返し写し出した。そして瓦礫の山も。ここまで凄いのかと、日を追う毎に自然の脅威が増していく。そして、福島第1原子力発電所の水素爆発。成句「泣き面に蜂」では、筆舌に尽くし難い凄まじい出来事が続いた。
 震度5弱に襲われた首都東京では、大地震による交通網の寸断により完全マヒ状態。幹線道路の歩道は、日付が変わっても帰宅するために歩き続ける人々であふれ、車道も大渋滞。駅頭では座り込む人の姿も見られた。

 このような状況の中、世界各国からもお見舞いと支援の手が差し伸べられた。
 被災地では、多くのボランティアの人達による復興・復旧作業等の手伝い。有名人による炊き出し、励まし、お見舞いが続いた。
 東京では、学校などの公共施設やデパート、居酒屋チェーンは緊急避難場所として解放された。学校行事の一環で東京ディズニーランドを訪れていた小学生の帰る観光バスが動けず途方に暮れていたところ、部屋を提供し、朝食まで提供したホテルがあった。炊き出しをした店もあったという。
 残念ながら、安全を確保するためという名目で早々にシャッターを下ろし、帰宅困難者・帰宅難民を閉め出してしまった鉄道会社もあった。

 『あれから一年』が経とうとしている今、復興の妨げになっている大きなものは福島第1原子力発電所事故だと思う。
@放射能に対する保護者の不安などを理由に、福島県内への修学旅行を計画していた某県内の63小学校のうち62校が「福島から変更」し、来年度も福島県内に戻す予定はない。
A東日本大震災で某市内に避難している人から「放射性物質が含まれ、被曝する可能性がある」との声が相次いだため、青森県十和田市で集められた約630キロの雪を某市内に飛行機で運び実施する「子供向けの雪遊びイベントの中止」を決めた。
B環境省は全国自治体に対し、瓦礫を引き受けるよう求めているが、放射能を恐れる住民の反対が根強く、岩手、宮城、福島の3県の瓦礫のうち処分できたのは5%程度に止まっている。
 この3件は、先月の新聞報道の一部である。先月24日段階で放射能に汚染されていない瓦礫を受け入れている自治体は東京都のみで、未だに29道県で検討すらされていないという。これでは、「がんばれ東北」「がんばろう日本」のスローガンが霞んでしまう。

 瓦礫の山が復興の足かせになっているという環境省の見解に、一部メディアが疑問を投げかける記事を掲載したという。
 大きな影響を与えるメディアに疑問を感じることが多い。最近特に多い様な気がする。
 昨夏の電力不足の折、節電には取り組んでいるが「正しい情報を迅速に国民に知らせる必要がある」ということで、放送を中止した放送局はなかった。同じような番組を同じような時間帯に数社もが放送しているというのに。大量の電力を消費するであろう放送局が。
 避難所にお見舞いに駆けつけ、足早に去ろうとする総理に向かい、「総理、もうお帰りになるんですか」と言葉を投げかける人がテレビ画面に映し出された。一方、東京電力の社長に「土下座しろ」と叫んだ人を、どのテレビ局も映し出さなかった。
 本当にメディアの使命である公平、公正な報道をしているのだろうか。

 日本漢字能力協会の「今年(平成23年)の漢字は、『絆』であった。
 「自分だけ、家族だけが良ければいい」という人達が多くなったように思う。そう思うのは、歳老いたからなのか。真の絆社会への道は、険しい。